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2023年のおかいこ(資料館二代目・上)

中央市豊富郷土資料館です。
今年も夏から育てた蚕が成虫になり、卵が取れました。
今年は新たな試みもおこなったので、その様子もお伝えします。


事前準備

桑の手入れ

資料館には「一ノ瀬」という桑の木が植わっています。
旧ブログによると、一ノ瀬桑は山梨県で開発された、養蚕に適した桑だそうです。

「一ノ瀬」は山梨県発祥の桑品種で、大正5年の桑園品評会に、現市川三郷町の一瀬益吉が「一瀬クワ」と種名をつけ、出品しました。
一瀬益吉さんは、中巨摩郡忍村(現中央市田富地区)の桑苗業者から明治31年ごろに購入した鼠返(ねずみがえし)種の苗木1000本の中に、突然変異種と思われる2株を明治34年に発見します。 そして、これを増殖させたものが、現在、全国的に「一ノ瀬」と呼ばれている品種なのだそうです。
 葉肉が厚い上に収穫量がきわめて多い「一ノ瀬」は、その後、奨励品種となり、全国に普及しました。文献にも『昭和29年に栽培面積が桑中一位になってから、ずっと不動の一位である。日本全国の地域で適応性が高く、その優秀性が抜群であったため(蚕糸技術第158号「桑品種とその変遷」市橋隆壽 1999年)』と書かれています。

去年の冬、館長が当館の一ノ瀬をかなり大胆に刈り込みました。冬の間は本当に大きな幹だけだったのが、春になると小さな芽がでてきて、五月になるともう剪定したのも分からないほど立派に。でも今年伸びた枝なので薄緑で柔らかく、葉も小さく柔らかいものがたくさんついていました。


5月の一ノ瀬の様子。冬の間は太い幹しかありませんでした。

そこで今年は、やわらかい葉を使って蚕を卵からふ化させてみました。

卵の保管と越冬

当館は2022年にも蚕を飼育しましたが、それらは3齢の時に富士川町のアシザワ養蚕さんから分けていただいた蚕でした。

去年は無事、いただいた蚕が繭になったので、一部を羽化させて観察したところ、卵を得ることができました。
産業として卵をとる場合、交尾して1時間程度で雌雄をわけて(割愛)卵を産ませます。というのも、放っておくと蚕は延々と交尾をし続けるので、雌が卵を十分に産む体力がなくなってしまうそうです。
去年、当館は自然に任せておいたため、通常1頭で500個ほど卵を産むと言われていたのが、半分以下の量になっています。雌は4頭いましたが、1頭は卵を産まず、1頭は箱の本体に卵を産み付けたため保管できず、結局2頭分の卵です。

オレンジ色の台紙に見られる黒い点々が卵です。


そんな所に産まれても…。

2022年9月13日に、この台紙をビニールに入れ、冷蔵庫に保管しました。


オレンジの台紙を切り取ってビニール袋に入れ、養生テープで封をしただけ。

長い間の品種改良により、蚕は「休眠卵」と「非休眠卵」の2種類を産むようになりました。後者は産んですぐふ化する卵で、前者は「いったん冬を越さないとふ化しない」という特徴を持ちます。植物の中にある、越冬しなければ発芽しない種と似ていますね。そのため、湿度を保って冷蔵=冬の状態にすることで、長い間保存することができ、またふ化のタイミングを私たちが調整できるようになったのです。

今年はこの卵と、やわらかい一ノ瀬の新芽で、資料館二代目を育てよう…となりました。

ふ化~2齢

2週間の辛抱

2023年6月15日、いよいよ冷蔵庫から去年の卵を取り出しました。

2代目を育てるのは初めての試み。

取り出す時期は、今後のスケジュールから逆算して決めました。蚕がふ化してから繭をつくるまで約1か月、繭になってから羽化するまで約2週間。当館では繭は繭のまま保管して親子工作や真綿づくりなどに役立てるので、繭になって10日ほどで乾繭処理をします。そのため約40日が、卵から育てた場合に使う日数です。
去年はいちばん桑を食べる5齢の時期がお盆に重なり、対応が大変でした。そこで今年は「お盆までに繭にしよう!」ということで、6月末のふ化を目指すことになりました。

諦めかけたある日

ふ化には、25度程度の場所に置いてから2週間かかります。出勤するたびに見ているものの、小さい卵だからか、目立った変化はないような…。

冷蔵庫から出して7日目、6月22日の卵。特にふ化の気配はなさそうですが、気長に待ちます。

でも、ふ化予定日は6月29日です。それまではとりあえず待とうと、じっと様子を観察しました。

そして6月27日、出勤したら…
ふ化していました!

卵の横にいる、縦長の黒い影が、ふ化したての蚕です。だいたい2-3ミリ。

ふ化したての蚕は2~3ミリ。よく見ないと卵か蚕か分からないほどですが、ちゃんと動いていました。小さな小さな命の誕生です!

桑を食べた!

さっそく蚕に桑を与えてみました。
一ノ瀬の柔らかな若芽の、更に一番先っぽの葉を摘んできて与えます。
一説には、「小さい蚕には桑を刻んで与える」という話もありますが、過去2回試した時には、逆に桑が早く乾燥してしまい、また桑に蚕がたかっているのに気づきにくい等の弊害があったので、今回は丸ごと与えました。
離れたところにいる蚕は、筆でそっとすくって桑葉の上に落としてあげます。

たんとお食べ♪

この時期の蚕は、桑葉を端から食べず、真ん中から舐めるように食べます。食べつくされた桑葉は葉脈標本のようになっています。
食欲旺盛なチビ蚕たち、この時点で84頭です。

白く丈夫に成長

蚕といえば白いものを想像しますが、ふ化したては先に示したように真っ黒で、毛虫のように毛が生えています。この時期は、黒くて小さいから「蟻蚕(ぎさん)」と呼ばれたり、「毛蚕(けご)」と呼ばれたりします。
それが数日たつと一回り大きくなり、色も白っぽくなります。1齢です。

拡大した様子。これで5ミリくらい。桑葉の上の黒い点々は蚕のフンです。

ここから蚕は脱皮を繰り返し、5齢まで成長します。
1齢・2齢の蚕はまだ体が弱く、こちらも油断できません。取り扱いも直接手で触れずに筆で行い、なるべく負担がないようにします。葉も引き続き柔らかいものを与えました。

3齢~5齢

順調に脱皮

桑の葉をたくさん食べた蚕たちは順調に脱皮を重ねて大きくなります。

ふ化して1週間程度の蚕(7月4日撮影)。ややグレーがかった白い蚕が見えます。2齢です。
ふ化してから10日程度の蚕(7月7日撮影)。体が大きくなっているのが分かります。
ふ化して2週間強の蚕(7月10日撮影)。ほぼすべてが3齢になりました。

脱皮する前の1日は桑の葉を食べなくなり、頭を上げてじっと動かなくなります。これは眠っているように見えるので「眠(みん)」と呼びます。眠になった時はなるべく動かさず、給餌も控えめにしました。

成長にばらつき

順調に大きくなる資料館二代目の蚕たち。しかしこの頃から成長に個体差が大きく出るようになりました。
ふ化のずれは1~2日くらいのはずなのに、二回りほどサイズが違う蚕がいます。

上が一番大きいサイズの蚕。下が一番小さいサイズの蚕。

ゆっくりでも成長してくれれば良いのですが、小さい蚕は何らかの病気持ちの可能性もあります。またこのサイズだと、小さい蚕にはまだ柔らかな葉を与えたほうがよさそうです。そこで、特に小さい蚕をあつめて「蚕NICU」を作り、手厚く世話をすることにしました。

真っ白な蚕がたくさん

また、成長は順調ですが、資料館二代目には蚕独特の斑紋がない個体が多数みられました。

蚕独特の斑紋がありません。

これは「姫蚕(ひめこ)」と呼び、斑紋がある箇所にメラニン色素を持たない変異種です。「姫」といっても必ずしも雌ではありません。また、他の箇所には色や斑点があるので、いわゆるアルビノでもないようです。
アシザワ養蚕さんからいただく蚕は斑紋があるものばかりだったので、生の姫蚕を見るのは初めて。二代目だから遺伝子的な組み合わせで姫蚕が出やすかったのでしょうか。
旧ブログにも姫蚕の記事がありました。

いよいよ繭に

桑葉をいっぱい食べて大きくなった蚕は、いよいよ繭をつくります。

ふ化してから20日程度(7月14日撮影)。一回り大きい箱に移しました。
ふ化して約25日(7月20日撮影)。5齢の蚕が増えてきました。

間もなく上蔟(じょうぞく)です!
(2023年のおかいこ(資料館二代目・下)に続く)