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講座・講演会

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当資料館がかかわった講座や講演会に関する記事をまとめました。
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記事一覧

歴史講演会を開催しました(天正壬午の乱と中道往還 数野雅彦氏)

中央市豊富郷土資料館です。 10月19日(土)に歴史講演会「天正壬午の乱と中道往還」を開催しました。 講師は、山梨文化財研究所の数野雅彦氏です。 定員をはるかに超えた申込があり、当日も超満員。県外からお越しの方もいました。たくさんのお申込み・ご来場ありがとうございます。 今回の講演では、企画展で取り上げる「天正壬午の乱」を、本栖湖方面の情勢と併せて解説していただきました。 本栖湖付近に、その名も「本栖城」という山城があります。それは武田氏の時代に中道往還の関門としての役割

歴史講座「刀の装い」第三回目「武田家からみる武家の装い」開催しました

中央市豊富郷土資料館です。 10月12日(土)に歴史講座「刀の装い」第三回目「武田家からみる武家の装い」を開催しました。 2015年から日本刀ブームが起き、日本刀に関する書籍や各種イベントが多数行われました。しかし、その内容は主に「名刀」の「刀身」に注目するものがほとんどです。 一方で、日本刀が製作され使われた当時の状況を鑑みると、必ずしも刀身だけに注目しているとは限りません。 また名刀に注目するあまり、郷土刀や庶民の刀など、歴史上確かに存在したけれども美術品的価値は高くな

歴史講座「刀の装い」第二回目「絵巻物からみる庶民の装い」開催しました

中央市豊富郷土資料館です。 9月7日(土)に歴史講座「刀の装い」第二回目「絵巻物からみる庶民の装い」を開催しました。 2015年から日本刀ブームが起き、日本刀に関する書籍や各種イベントが多数行われました。しかし、その内容は主に「名刀」の「刀身」に注目するものがほとんどです。 一方で、日本刀が製作され使われた当時の状況を鑑みると、必ずしも刀身だけに注目しているとは限りません。 また名刀に注目するあまり、郷土刀や庶民の刀など、歴史上確かに存在したけれども美術品的価値は高くない刀

歴史講座「刀の装い」第一回目「お内裏様からみる公家の装い」開催しました

中央市豊富郷土資料館です。 8月3日(土)に歴史講座「刀の装い」第一回目「お内裏様からみる公家の装い」を開催しました。 2015年から日本刀ブームが起き、日本刀に関する書籍や各種イベントが多数行われました。しかし、その内容は主に「名刀」の「刀身」に注目するものがほとんどです。 一方で、日本刀が製作され使われた当時の状況を鑑みると、必ずしも刀身だけに注目しているとは限りません。 また名刀に注目するあまり、郷土刀や庶民の刀など、歴史上確かに存在したけれども美術品的価値は高くない

大福寺周辺をたずねる 2「大福寺の仏像と歴史」

 本館で行われた山梨郷土研究会主催のシリーズ・現地で学ぶ「大福寺(中央市)とその周辺」での鈴木麻里子氏の講演(2023年11月11日)からお伝えします。  大福寺には22体の平安時代の仏像が安置され、県内最多である。新収蔵庫に安置される前のそれぞれの堂の各像は、ほぼ『甲斐国志』に記載される江戸時代の安置状況を伝える。 (1)聖観音立像(観音堂本尊)    観音堂厨子内 10世紀末頃 県指定文化財  像高(現状)355.5㎝。左手に蓮の蕾を持ち、右手を立てるが、両腕は後代

大福寺周辺をたずねる1「浅利氏と大福寺」

   今回よりマガジン「中世甲斐の風景」をスタートさせます。中央市は甲斐源氏の一族の鎌倉御家人浅利与一義成の拠点でした。与一が活躍した中世前期を中心に後期も含めて、甲斐内外のテーマを取り上げていきます。  今回は2023年11月11日に本館で行われた山梨郷土研究会主催のシリーズ・現地で学ぶ「大福寺(中央市)とその周辺」という研究会での末木健氏(山梨県考古学協会名誉会長・当館元館長)の講演からお伝えします。  浅利与一義成は武田(逸見)清光の10男または11男。法久寺位牌銘に

歴史講座を開催しました(「武田vs今川・徳川の城づくり」3回目)

中央市豊富郷土資料館です。 9月9日(土)に歴史講座「武田vs今川・徳川の城づくり」3回目を開催しました。 今回の舞台は天正10(1582)年。前半は武田氏の一族・一条氏の拠点となった上野城がどこにあるか、後半は本能寺の変直後の北條・徳川の争い(天正壬午の乱)に関わる砦についてです。 いずれの内容も、今年の夏までに実地のフィールドワークを行い、定説と違う箇所や新たな砦の発見がありました。今回の講座はそれら最新の成果も盛り込んでいます。 まず一条氏の上野城について。 現在、

歴史講座を開催しました(「武田vs今川・徳川の城づくり」2回目)

中央市豊富郷土資料館です。 8月19日(土)に歴史教室「武田vs今川・徳川の城づくり」を開催しました。第二回目は「武田VS徳川の丸馬出」です。 (一回目の記事はこちら。) 城の防御施設のひとつに「馬出(うまだし)」があります。馬出は城の虎口(こぐち、小口とも)の外側に設けられた土塁や防壁のことで、角張っているものを角馬出、半円形のものを丸馬出といいます。 丸馬出の代表例として、よく取り上げられるのが遠江国諏訪原城です。 ここの丸馬出は当初、武田の手によるものだと思われ

歴史講座を開催しました(「武田vs今川・徳川の城づくり」1回目)

中央市豊富郷土資料館です。 夏休みに入っても毎日暑いですね。 さて資料館では、7月29日(土)に歴史教室「武田vs今川・徳川の城づくり」を開催しました。 第一回目は「信虎vs今川勢の城づくり」で、武田信虎時代の山城に見られる特徴的な遺構を中心に紹介しました。武田の古い城づくりの技術を紹介するとともに、遺構の特徴からみると甲斐に侵攻した今川勢が作ったことが分かる城があるなど、地理と歴史を融合させ立体的に検討を行いました。 当日は多数の皆さまのご参加ありがとうございます。